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東京地方裁判所 昭和34年(ヨ)2171号 決定

申請人 小林義男 外二六名

被申請人 高山精密株式会社

主文

被申請人は申請人らに対し別紙第一の「五月分残給料」欄記載の該当金員及び別紙第二記載の該当金員並びに昭和三四年六月二六日以降申請人らが被申請人のため就労するに至るまで一ケ月につき別紙第一の「六月分給料」欄記載の該当金員を、本決定告知後に経過すべき期間分については毎翌月末日に、その余については即時に支払え。

申請人らのその余の申請を却下する。

申請費用は全部被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、申請の趣旨

被申請人は申請人らに対し別紙第一「合計」欄記載の該当金員及び昭和三四年六月二六日より申請人らが被申請人のため就労するに至るまでの間一ケ月につき別紙第一の「六月分給料」欄記載の該当金員を毎翌月末日かぎり支払わなければならない。

第二、当裁判所の判断

一、当事者間の雇傭関係

申請人がいずれも肩書地に本社及び工場を有しハイトケージ(高さの測定器具)の製造販売を目的とする株式会社である被申請人(以下「会社」という。)に昭和三四年五月以前から期間の定めなく雇傭されている従業員であり、且つ総評全国金属労働組合東京地方本部高山精密支部(以下「組合」という。)の組合員であることは、当事者間に争がない。

二、当事者間における労働争議とその発生の経過

当事者間に争のない事実及び疎明を綜合すれば、会社と組合との間に次のような経過による労働争議の発生したことが認められる。

(1)  組合は昭和三四年五月一九日会社に対しユニオン・シヨツプ協定の締結、有給休暇制度の確立、外部への製造発注に関する組合との協議、夏期手当二ケ月分の支給等の要求を掲げて、同月二五日午後五時より団体交渉を行いたい旨の申入をした。

(2)  右団体交渉の申人のあつた当日会社は、翌二〇日かぎり申請外湯浅金物株式会社に納入すべき製品の梱包作業を、従業員の小黒及び山崎に対し、事後に代休を与えることとして、残業して完了すべきことを命じたところ、これを拒否された。会社は、この残業拒否が組合の執行委員長である申請外太田重蔵、同じく書記長である申請外三浦正義、同じく副委員長である申請外喜多村有三、同じく執行委員である申請外本多福富の指導の下に組合の結成以来行われて来た生産低下をはかるための業務命令無視又は怠業的行動の一環としてなされたものであるとして、右四名の責任を追及すべく昭和三四年五月二一日発信にかかる同月二〇日付の書面を以て、同人らに対し解雇の通告をするとともに、会社の正門入口に同月二一日より二三日までの間臨時休業を行う旨の公示をなし、入口を釘付けにし非常口にバリケードを構築するなどして同月二一日の朝出勤した組合員の就労を拒否した。これに対し同日午後八時頃組合員約一五、六名は非組合員及び会社の雇入れた鳶職等が会社構内への出入に使つていた裏塀の足場を利用して会社の構内に乗込んで事務所に立ち入り、更に翌二二日からは工場の二階の仕上作業場で泊込みを始めた。

(3)  組合は右臨時休業明けの同月二四日(日曜日)に大会を開いて、右の如く会社が臨時休業をし、且つ組合の執行委員長外四名の幹部を解雇したのは不当違法であるとして、これに抗議するため、同月二五日午前八時より同月二七日午前八時まで四八時間の時限ストライキを行うことを決定し、同月二五日事前にその旨を会社に通告した上工場内に坐込みを開始したところ、会社は翌二六日午前三時前後頃組合の争議行為に対抗するロツクアウトのためであると称して、非組合員及び申請外橋戸工務店の従業員を使つて坐込み中の組合員を実力で工場外に追出した。その際申請人大槻剛啓外数名の組合員が傷害を受けたのであるが、その内申請人大槻剛啓は右負傷のため現在も自宅において静養中である。

会社は右のようにして組合員を工場外に排除するや直ちに丸太、有刺鉄線等を用いて出入口に堅固なバリケードを構築し、正門に工場閉鎖の貼紙をして、爾来組合員の立入及び就労を拒否する一方、非組合員によつて昭和三四年六月中旬頃から操業を続けている。

三、本件賃金請求権の存否

(一)  会社が三日間臨時休業を行つたことと申請人らの賃金請求権の消長

会社が上述のとおり三日間臨時休業を行つたことについて、申請人らに対しその間の賃金(本給)の一〇〇分の六〇に相当する休業手当を支払つたことは、当事者間に争がない。

申請人らは、右臨時休業は違法なロツクアウトに他ならないのであつて、結局申請人らはこの間会社の責に帰すべき事由により、会社との雇傭契約に基く自らの債務を履行することができなかつたものであるから民法第五三六条第二項の規定するところによりその間における賃金全額の請求権を失わないと主張し、既に休業手当として支給された金額を差引いた残額の支払を求めているので、この点について判断する。

使用者がその責に帰すべき事由によつて休業をした場合に労働者に対して平均賃金の一〇〇分の六〇以上の休業手当を支給すべき義務のある旨を定めた労働基準法第二六条の規定と債務者の履行不能が債権者の責に帰すべき事由に基く場合に債務者が反対給付を受ける権利を失わない旨を定めた民法第五三六条第二項の規定とを比較するに、両者はその制定の精神及び要件を異にし、互にその適用を排除し合う趣旨のものではないと解すべきであるから、使用者の責に帰すべき事由によつて休業が行われたについて労働基準法第二六条の規定するところに従つてたとえ休業手当が支払われたとしても、右休業が民法第五三六条第二項所定の要件に該当するかぎり、当該労働者は使用者から休業中における賃金の全額の支払を受ける権利を失わないことは当然というべきである。

そこで本件について考えてみるに、疎明によれば、会社が上述の如く臨時休業を行うに至つたのは、単に会社において(イ)組合が会社との団体交渉の議題として昭和三四年五月一九日に提出した要求事項に検討を加えこれに対処する会社の態度を決定するためと(ロ)従前の実例に鑑みて組合が工場占拠等を伴う争議行為に出るおそれがないでもないのでこれを未然に防止するために事業場を閉鎖して置くことが必要であると判断したからであることが認められる。

しかしながら(イ)の理由からだけでは直ちに会社の行つた臨時休業が会社の責に帰すべからざる事由に基くものとは考え得ないし、また会社が(ロ)のような必要性があると判断したことが当時の客観的情勢に照らしてもつともであつたということについては何ら疎明されるところがない。

そうだとすると疎明によつて認められるとおり、右臨時休業の初日の朝申請人らを含む組合員が臨時休業の行われることも知らないで、平素のとおり出勤しながら会社によつて就労を阻止されたため、結局休業期間中労務に服することができなかつた以上、申請人らは会社の責に帰すべき事由により会社との雇傭契約に基く債務を履行することを不能にされたものと考えるべきである。

かくして申請人らは民法第五三六条第二項の規定に従つて昭和三四年五月二一日から同月二三日まで会社の行つた三日間の臨時休業期間中の賃金としてはその全額につき請求権を失わなかつたもので、その金額から会社より既に休業手当として支給された金額を差引いた残額についてなお会社に対し請求権を有することが認められる。

(二)  組合がストライキを、会社がロツクアウトを行つたことと申請人らの賃金請求権の消長

組合が事前に会社に通告したところに従つて昭和三四年五月二五日午前八時から同月二七日午前八時までの四八時間ストライキに入つたところ、これに対し同月二六日午前三時前後頃会社からロツクアウトが行われたことは、さきに判示したとおりである。

申請人らは、会社のロツクアウトは先制的、攻撃的なものである上暴力を行使して行われたのであるから、違法であり、かかる不法な会社の争議行為のため就労を不能にされた申請人らは民法第五三六条第二項の規定によりロツクアウトの当日である昭和三四年五月二六日以降についての賃金請求権を失わないと主張するので、以下この点につき審究する。

(イ) まずさきに判示したところに徴して明らかであるが、昭和三四年五月二六日は組合が会社に通告し前日の午前八時から開始した時限ストライキの期間中に当ると同時に、会社がロツクアウトに着手した日でもあるから、組合が会社の行つたロツクアウトを機縁として以後自らのストライキを中止し、会社に対し組合員である労働者の就労を請求し、その就労が確実に実現される情勢にあつたものでないかぎり、申請人らはストライキを実行中の組合の組合員として、会社に対し右同日分の賃金を請求し得ないものといわなければならない。しかるに組合が会社においてロツクアウトを始めた当時継続していたストライキを中止し、申請人らを始めとする組合員に就労を実施させるための的確な措置を講じたことを認めるに足りる疎明は見出されない。

(ロ) 次に同月二七日には、午前八時かぎり(真正に成立したものと認める乙第五号証によると、被申請人の就業規則において従業員の労働日の始業時間は午前八時と定められていることが認められる。)、組合の行つて来た四八時間の時限ストライキの終了が予定されていたことは疑いのないところであるから、反対の事情のない以上組合はそのストライキを予定期間の経過とともに中止し、ストライキに参加していた申請人らを始めとする組合員は爾後再び就労する意思を有していたものと推認するのが相当である。もつとも組合が会社に発したストライキの通告書に前記時限ストライキを第一波として決行する旨の文言が記載されていたことは疎明されているところであるが、この一事だけから直ちに組合が昭和三四年五月二七日午前八時の経過後においてもストライキを継続したであろうとは到底速断できないし、他に前述の時限ストライキの終了予定時期におけるストライキの中止及びその後における組合員の就労を期待し得ない事情のあつたことを認めるに足りる疎明はない。

してみれば、申請人らは昭和三四年五月二七日以降においては、会社がその前日から引続き実施しているロツクアウトのために、会社に対し雇傭契約上の債務の履行をなし得ないで現在に至つているものと認めざるを得ないのである。なお、前述のとおりロツクアウトに際して負傷し、爾来自宅で静養中の申請人大槻剛啓についても、疎明によれば同人の受傷は会社がロツクアウトを行つたことに基因するものと認められるので、同人の会社に対する雇傭契約上の債務の履行はやはり右ロツクアウトによつて不能となつたものと解するに妨げはないものというべきものである。

そこで更に続いて右ロツクアウトが昭和三四年五月二七日以後における申請人らの会社に対する雇傭契約上の債務の履行不能を来たした点について民法第五三六条第二項にいう債権者の責に帰すべき事由に該当するか否かにつき判断することとする。

そもそも使用者が争議行為として行うロツクアウトは労働者の争議行為に対抗する防衛のため必要止むを得ない場合にかぎつて容認されるべきものと解すべきである。従つて争議行為を実行中の労働者に対して行われたロツクアウトであつても、労働者がその争議行為を中止して就労を請求し、その実現の確実性が存在する以上は、使用者はもはやロツクアウトを継続する根拠を失い、すみやかにこれを解除しなければならないことも当然である。

ところでさきに判示したところによつて知り得るところであるが、組合は時限ストライキの終了予定期限後ストライキ態勢を解き、申請人らその他の組合員は再び就労しようとする確実な意思を有していたのであつて、少くとも昭和三四年五月二七日の午前八時すなわち同日の会社の始業時刻以後においては会社がロツクアウトを以て対抗すべき組合の争議行為は現存せずまたその危険もなかつたはずであると認めるべきであるから、会社が依然として継続しているロツクアウトは実施当初の適否はともかくとして、少くとも前記期限以後についてはその必要性を欠くものとして違法のそしりを免れないものと解すべきである。もつとも疏明によると、その後組合において会社の業務遂行を阻害したようなことも終無ではなかつたことが窺われるけれども、いずれも会社がロツクアウトを継続している結果誘発されたものであることが疏明されている。

してみると申請人らは同月二七日以降現在まで会社の実行している違法なロツクアウトのために、いいかえれば会社の責に帰すべき事由によつて会社に対する雇傭契約上の債務の履行をすることができない状態にあるものというべく、従つて申請人らは民法第五三六条第二項の規定により会社に対する同日以降の賃金請求権を失わないものと認められる。

(三)  申請人らが会社に対して請求し得べき賃金額の計算関係

(イ) 会社の従業員に対する給料の支払が給与規定において毎月二五日を締切日として毎月末日になされるものと定められていること、会社が申請人らに対し昭和三四年五月二一日より同月二三日までの分の賃金としてその全額を支払う義務を負うものとすれば、会社が申請人らに対し既に支払ずみの休業手当の金額を差引いてなお別紙第一の「五月分残給料」欄記載のとおりの金額が未払であること及び申請人らが会社から同年六月分(同年五月二六日より六月二五日までの分)の賃金として支払を受くべかりし金額が別紙第一の「六月分給料」欄記載のとおりであることについては、当事者間に争がない。

(ロ) 申請人らは上述したように昭和三四年五月二六日分の賃金請求権を有しないのであるから、申請人らの同年六月分(同年五月二六日より六月二五日までの分)の賃金請求権は別紙第一の「六月分給料」欄記載の各金額から日割計算(その基準となる日数は、真正に成立したものと認める乙第五号証によると会社は日曜休日制を実施していることが認められるので、上記期間中の休日四日を差引いた二七日とする。)による一日分の金額を差引いた残額について存するものと認めるべきであるところ、その額は別紙第二記載のとおりである。

(ハ) 申請人らが会社から昭和三四年七月分以降の賃金として支払を受けるべき金額は同年六月分の賃金額より少なかるべきことの認められない本件においては、別紙第一の「六月分給料」欄記載の金額と変りがないものと認めざるを得ない。

四、仮処分の必要性

疏明によれば、申請人らは会社から支給される賃金のみによつて生計を支えている労働者であるところ、上来判示したとおり本来会社に対して請求し得る賃金の支払を受けられないでいるため、所属組合の上部団体よりの融資又は内職等により辛うじて糊口をしのいではいるものの、その生活の窮乏には著るしいものがあることが認められるから、申請人らが右賃金請求の本案訴訟に勝訴するのをまつていては回復し難い損害を蒙ることとなるのは必定であり、仮処分により会社に対し申請人らに右賃金の仮の支払を命ずる必要があるものというべきである。

第三、結論

叙上のとおりであるので、本件仮処分申請を主文第一項掲記の限度においてのみ理由あるものとして認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条及び第九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 桑原正憲 石田穰一 半谷恭一)

(別紙省略)

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